日本のビジネス界隈には、古くから終身雇用制や年功序列といった慣行が広がっていました。
学生生活を終えて入社した会社に定年まで勤める、年齢が高く勤続年数が長い従業員ほど人事評価が高まるといったように、労働者も企業も終身雇用制や年功序列を当たり前のように受けていれていたものです。
しかし時代は移り変わり、そういった慣行はすっかり崩壊したと言われて久しい昨今。
最近では、労働者が自身のさらなる活躍の場を求めて転職を目指したり、企業側が積極的に転職や独立を推奨するなどの動きがみられるようになっています。
また評価の面においても、年齢や勤続年数にかかわらず、能力や成績に応じて待遇を向上させる企業が増加しているほか、入社1年目の社員がプロジェクトリーダーを務めたり、役員に就任するといったケースもあります。
若くても中途入社でも、入社後から実力をいかんなく発揮して高い成果を上げられるチャンスが根付いた環境の広がりは、労働者の仕事に対する「やりがい」を高めるとともに、日本のビジネス界隈に大きな変化をもたした風潮であるといえるのではないでしょうか。
そして昨今ではもうひとつ、興味深い変化がみられるようになっています。
それが、若者の起業願望の高まりです。
こちらもひと昔前の傾向ではありますが、かつては10代〜20代の若者が起業しようものなら、「出る杭は打たれる」がごとく、ベテラン経営者などからは奇異の目を向けられ、経営に対する妨害行為を受けるなどというケースもみられたようですが、現在ではビジネス界全体で若者の起業を歓迎するムードが高まりつつあり、投資家や国や自治体が熱心にサポートする体制まで整っています。
そうした背景の下で、新卒入社した会社を早期に退職して起業を目指す若者や、企業や団体に所属することなく、学生時代からまたは卒業後すぐに起業する若者も以前に比べると多く現れるようになりました。
では、なぜ起業したいと考える若者が増加していると考えられるのでしょうか。
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起業のハードルは大きく下がった
2022年に東京商工リサーチが発表した調査結果によると、2021年に新設された法人は14万4,622社。前年(2020年)の13万1,238社から10.1%増加した上に、過去最高の件数となっています。
また、2019年の政策金融公庫の調査によれば、起業時の代表者の年齢は40代が最も多く、次いで30代、50代と続きます。
29歳以下はというと、全体の5.4%に止まっていますが、2019年から緩やかながらも上昇しています。
上記の調査内容は新規開業企業、つまり法人設立の実態を表しているため、フリーランスとして起業する個人事業主は含まれていないこともあり、それを含めれば、29歳以下の起業家はさらに多く存在するのは確かです。
新規法人設立や個人事業主としての起業が増加している理由のひとつとして考えられるのは、やはり起業のハードルが大きく下がったからだといえるでしょう。
冒頭でも触れたとおり、現在では国や自治体が積極的な起業支援策を実施していることもあり、開業資金をはじめとする資金調達がしやすい環境が整っています。
また、若い起業家を資金面で支援しようする投資家の増加もみられるほか、起業家同士や起業家や既存企業を結びつける各種セミナーや異業種交流会といった催しも多々開催されていることあり、起業時に抱えがちな不安要素が事前に取り除かれることも、起業家増加の理由のひとつだと考えられます。
自身のやりたい仕事や事業を自由に選択・実行できる
新卒入社した会社、特に規模の大きい起業では、必ずしも自身の希望する部署への配属や職種に就けるとは限りません。
もちろん、職種ごとにピンポイントで募集されるといったケースもありますが、多くの新入社員は研修後に判断される適正などに応じて、仕事内容が決定されることでしょう。
制作職を希望していたのにもかかわらず、実際には営業部に配属され、自身が本来やりたかった仕事ができないとなると、納得のいかない社会人生活を淡々と送ることになると同時に、仕事に対する意欲が低下してしまうという若者も大いに存在するものです。
そういった状況を打開しようと、自身が本来やりたかった仕事を求めて転職活動を開始する人も多いものですが、タイミングよく募集があるとは限りませんし、人気の高い職種や起業なら倍率は高くなります。
それならば、確実に自身のやりたい事業や仕事をするために、いっそのこと起業してしまおうという考えに至るのも不思議なことではないでしょう。
幸いにも、最近ではPCやタブレット、それにネット環境さえ整っていればすぐにでも開始できる事業や仕事は多々あり、法人を設立しないのであれば、あらためて資金を調達する必要もありません。
10代〜20代は好奇心が旺盛であるほか、意志の強さもあり、出会いや発見などを通じて様々な刺激を受けやすいものです。
そのような特性や環境を通じて、自身のやりたい仕事を新たに発見したり本来やりたかった仕事を再確認することはよくあることですが、ひと昔前に比べれば起業のハードルは大きく下がっていることもあり、思い描く事業や仕事を求めて起業を選択する傾向が高まっていると考えられます。
終身雇用制の崩壊
かつては、「ひとつの会社、とりわけ大企業に定年退職まで在籍すれば、人生を安泰に過ごせる」などという考えが社会全体に広がっており、実際に企業側も定年までの雇用を前提に従業員を雇っていたものですが、それも昔の話。
近年は、ビジネス環境が目まぐるしく変化し続けていることもあり、たとえ大企業に在籍していようとも、安泰が保証されることはないといえます。
また、企業側としても変化に対応可能な人材の確保やコスト削減を目的とした人員カットを図るため、リストラの断行や早期退職者の募集を行うなど、“血の入れ替え”を進める動きをみせることも珍しくなくなりました。
そうした終身雇用制の崩壊が進む中で、「組織に守られるのでなく、自分で自分を守る」という意識の高まりから、起業に至る若者も増加しているものと思われます。
ワークライフバランスの確立を求めて
日常生活を行うにあたって、仕事とプライベートのどちらかに比重を置くのではなく、どちらも平等に充実させてワークライフバランスを確立したいという考えも、若者が起業を目指す理由のひとつでしょう。
昨今では、働き方改革の一環として、育児休暇や在宅勤務、さらには趣味や学習、地域活動への参加など、従業員のプライベートを尊重する制度を導入する起業も増加傾向にありますが、それでもまだまだ限定的、もしくは曖昧な取り決めからうまく機能していないなどのケースも少なくありません。
一方で、法人設立なり個人事業主なり、自身で起業ができればスケジュールは自由に設定できるようになるため、仕事とプライベートの比重の置き方も自在です。
何事にもアクティブに取り組みたいというエネルギッシュな若者にとって、時間と活動を思うがままに設定できる可能性の高い起業は、大きな魅力をもつ働き方のひとつだといえます。
「社長」や「経営者」という肩書への強い憧れ
「自分のやりたいことを仕事にしたい」だったり「ワークライフバランスを確立したい」という思いから起業を目指す若者がいる一方で、単純に「社長」や「経営者」という肩書への憧れだけで起業を志望する若者が、一定数存在するのも事実です。
もちろん、どのような動機であれ、事業が成功し経営が波に乗れば、立派ですし何の問題もないでしょう。
しかし、そのような動機から起業する若者の中には、事業計画や将来の展望が曖昧なことも多く、「社長」や「経営者」という肩書を得られたとしても、それだけに満足してしまい肝心の経営はおろそかになる傾向もみられるようです。
起業すれば“儲かる”“遊べる”という思い込み
上記の、「社長」や「経営者」という肩書への強い憧れと関連する動機にはなりますが、“たくさん儲かる”“たくさん遊べる”という安易な思い込みから起業を目指す若者も多くみられます。
確かに、起業すれば時間もお金も使い道は自身の判断次第です。
特に、従業員を雇用しなければ、それらの自由度は一層高まります。
しかし、時間とお金を自由に費やすためには、ある程度、経営を軌道にのせなければならないのは言わずもがな。
ところが、自由度の高さから時間もお金もプライベートでの活動に浪費してしまった上に、事業へ投資する資金不足が発生するなどして、結果的に経営が成り立たなくなるというケースも珍しくはありません。
また、「社長」や「経営者」にも特有の困難や苦悩があるものですが、それらに向き合う心構えができておらず、いざ問題や課題に直面すると大いに怯んでしまい、あえなく経営は失敗に終わるといったこともよくあります。
まとめ
今回は、起業したい若者が増えている理由について考察しました。
考えられる理由はいくつもありますが、やはり「自身のやりたい事業や仕事を実現させたい」であったり、「組織に縛られることなく、時間やお金を扱いたい」など、“自由”を求める傾向が高まっているのは確かなのではないでしょうか。
そして、起業を実現させる支援制度の充実や起業しやすい環境づくりも難しくはなくなっているなどの理由も、起業志望を加速させる要因になっていると考えられます。
ただし、安易な動機と心構えだけで成り立つほど、経営は甘くはないもの。
それでも、若者の可能性は無限大であり、次代のビジネスを担う宝石であることには間違いありません。
これから先、強い志を持った若い世代の起業家が数多く誕生することに期待したいものです。